こんなニュースが。
宇多田ヒカルが「Utada the best」に対し「ファンにお金を出させたくない」
版権を持つレコード会社がアーティストの意思に関係なく、アルバムを出すケースは結構あるみたいですね。
スピッツもありましたし。
契約上でいけば、問題はないのでしょうが・・・
最終的な判断は買う側の意思だと思うので、作品がどうであれ、買うか買わないかは買う人が決めればいいことかなとは思います。
アーティストの意思は買う理由のうち、一つの判断材料にはなりますけども。
この場合は、例えアーティストが出したくないと思っていても、中に入っている楽曲そのものは、アーティストが懸命に作ったものだと思います。
それの集合体ですから、「意思が入っていない」とは言えないという捕え方もできますし。
ただ、個人的には作る側の意思がキッチリ入ったものを買いたいですけどね。
なんでもそうだと思うんですけど、作り手の意思ってどこかには絶対に入っているものです。
アルバムの構成にも理由があり、そこにはどこかしらの人間の判断が入っている。
それが、アーティストとスタッフ、レコード会社のものであるのか、レコード会社が独断で決めているのかの違い。
そもそも楽曲はアーティストが作っているものなんだから、作り手の意思が重要視されるべきだとは思います。
レコード会社は販売するだけなんですもんね。
楽曲に限らず、車もそうですけど、作り手の意思が一つ一つの細部にわたる部分にまで入っています。
ある部品のある部分の長さがなぜその長さなのか。
絶対に何かしらの理由はあるのです。
単純にスペース上の観点からかもしれないし、前もそうだったみたいな理由もあると思います。
どうでもよい寸法は確かにそうかもしれません。
もしかすると、この寸法の違いが品質に影響を与えるから、コスト高になっても譲れないんだという理由もあるかもしれません。
あるいは、コストダウンを追求した寸法かもしれません。
二つに共通するのは、道は違えど「このモノを良くしたいんだ」という意思です。
(品質をおろそかにしたコストダウンは問題ですが、品質を保ちつつ、コストを下げることは結果的にモノを良くするということです。
なんか最近、コストダウンは悪みたいな捕らえ方をする論調が一部であったみたいですが、そんなことはありません)
どうせなら意思がキッチリ入ったものがよいですよね。
きっと見知らぬ誰かが色々考えて、判断して、その形なりになっているわけですから。
よいモノにしようと、懸命に考えた結果なんですから。
宇多田ヒカルのアルバムだって、本人が懸命に考えた結果だったり、周りの方が細かい点に気を使いながら調整している結果なんだと思いますし、
沢山の人に聴いてほしい、感動してほしいとか思いながら作っているモノのほうが、「味」があってよいじゃないですか。
もちろん、「味」なので個人の嗜好が入ってくるから、合わない人もいるかもしれないし、「なんでこうしたの?」ってこともあるかもしれません。
それも含めて「作り手の意思が入っている」んだと思いますよ。
単純に利益を上げたいからって作るものとは違う。
と、しがないエンジニアが語ってみました。
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俺の言いたい事を全て書かれてる件。
>Rフェチ
ですよねー。
最終的には個人の判断だけれども、その判断材料の中に作り手の意思が入っていないのは寂しいよ。